最高裁判所第一小法廷 平成6年(オ)715号 判決 1999年3月25日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人佐藤悠人、同古川靖、同安田信彦の上告理由中「自己の帰依する宗教団体及び信仰の対象である主宰者をひぼう中傷されることにより宗教上の領域における心の静穏を乱されることのない利益」の侵害に係る不法行為の成否に関する部分について
上告人らの請求は、上告人らが、自己の帰依する宗教団体及び信仰の対象である主宰者をひぼう中傷する一連の本件記事が週刊誌等に掲載された結果、右利益を侵害され、精神的に苦痛を被ったとして、被上告人ら(右週刊誌等の出版社、その代表取締役、編集者、執筆者)に対し、不法行為に基づき損害賠償を求めるものである。
各人の価値観が多様化し、精神的な摩擦が様々な形で現れる現代社会においては、他者の言動によって内心の静穏な感情を害され、精神的苦痛を被ることがまれではない。人は自己の欲しない他者の言動によって心の静穏を乱されないという利益を有し、この利益は社会生活の上において尊重されるべきものである。しかし、同時に他者の言論、営業その他の社会的活動も尊重されるべきであって、これをみだりに制限すべきではないから、人は、社会生活において他者の言動により内心の静穏な感情を害され、精神的苦痛を受けることがあっても、一定の限度ではこれを甘受すべきであり、社会通念上その限度を超えて内心の静穏な感情が害され、かつ、その侵害の態様、程度が内心の静穏な感情に対する介入として社会的に許容できる限度を超える場合に初めて、右の利益が法的に保護され、これに対する侵害について不法行為が成立し得るものと解するのが相当である。
これを本件についてみると、上告人らが被ったと主張する不利益の内容は、本件記事を自分で読み、ないしは右記事を読んだ周囲の人々から帰依する宗教団体等の批判を聞かされるなどした結果、内心の静穏な感情を害され、不快感、不安感等を抱いたというにとどまるものと解されるのであり、また、本件で問題とされる侵害行為は、週刊誌等に上告人らが帰依する宗教団体及びその信仰の対象である主宰者を批判する本件記事を掲載したという本来自由な言論活動に属するものであって、本件記事が上告人ら個々人の内心の静穏な感情を害する意図・目的で掲載されたというような事実関係もうかがわれない。したがって、本件記事の掲載等が上告人らの主張に係る法的利益を違法に侵害したものであると評価することはできず、これが上告人らに対して不法行為を構成することはないというべきである。原審の判断は、以上と同趣旨をいうものとして、是認することができる。論旨は、違憲をいう点を含め、独自の見解に立って原判決の法令違背をいうものにすぎず、採用することができない。
その余の上告理由について
そのほかの法的利益の侵害の主張との関係でも不法行為は成立しないとした原審の判断は、是認することができる。論旨は、違憲をいう点を含め、独自の見解に立って原判決の法令違背をいうか、原判決を正解しないでこれを非難するか、又は原判決の結論に影響しない判示部分を論難することに帰し、採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 井嶋一友 裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 藤井正雄 裁判官 大出峻郎)